大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成3年(行ケ)249号 判決

東京都新宿区新宿5丁目17番18号

原告

株式会社ザ・ボックス

同代表者代表取締役

緒方眞二

同訴訟代理人弁理士

西郷義美

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 深沢亘

同指定代理人通商産事務官

長澤正夫

白浜国雄

廣田米男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が昭和60年審判第2049号事件について平成3年8月19日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告(旧商号有限会社ザ・ボックス)は、昭和57年1月25日、別紙(1)に示す構成らなり、第17類「被服その他本類に属する商品」を指定商品とする商標(以下「本願商標」という。)について商標登録出願(昭和57年商標登録願第4525号)をしたが、昭和59年12月14日、拒絶査定があったので、昭和60年2月5日、審判の請求をし、昭和60年審判第2049号事件として審理されたが、平成2年4月19日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があったので、同年8月9日、東京高等裁判所に対し、審決取消請求訴訟を提起し、平成3年3月14日、前記審決を取り消す旨の判決がされ、審判事件は再び特許庁に係属した。

ところが、特許庁は、平成3年8月19日、再び、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その審決の謄本は、同年9月30日、原告に送達された。

2  審決の理由の要点

本願商標は、別紙(1)に示す構成からなり、第17類「被服その他本類に属する商品」を指定商品として、昭和57年1月25日、登録出願がされたものである。

一方、登録第1636708号商標(以下「引用商標」という。)は、別紙(2)に示す構成よりなり、第17類「被服、布製身回品、寝具類」を指定商品として、昭和55年1月29日、登録出願がされ、昭和58年11月25日、登録がされたものである。

よって、両商標の類否について判断する。

本願商標は、別紙(1)に示すとおり、装飾書体の欧文字「THE」及び「BOX」を陰影だけで表現したとみられるものであり、しかも、この「BOX」の欧文字が大きく重厚な感じであるのに対し、「THE」の欧文字は、前記「BOX」の欧文字の上部中央に小さく配された構成よりなるものである。

してみると、本願商標は、前述の各段の文字の大きさを異にする2段階構成に加えて、小さく表されている「THE」の欧文字が、英語の定冠詞として以上の意味内容をもつものではないことを併せ考えれば、本願商標に接する取引者・需要者は、その構成中の「BOX」の欧文字のみに着目して、これより生ずる「ボックス」の称呼をもって取引に当たる場合も決して少なくないものとみるのが相当である。

したがって、本願商標は、原告の主張するように「ザボックス」と称呼される場合があるとしても、単に「ボックス」の称呼をも生ずるものといわなければならない。

他方、引用商標は、別紙(2)に示すとおり、「VOX」の欧文字を書してなるものであるから、該文字に相応して「ヴォックス」の称呼を生ずるものと認められる。

そこで、本願商標より生ずる「ボックス」と引用商標より生ずる「ヴォックス」の両称呼を比較すると、両者は語頭部の「ボ」と「ヴォ」の各音に差異を有するものであるが、後者の「ヴォ」の音は、「ヴ」と「ォ」が二音に区切って発音されるものではなく、「ヴ」の子音(v)と母音「ォ」(o)とが合わさって一音節として発音されるのが自然であるから、前者の「ボ」の音とは、ほとんど同一音といえるほど互いに近似した音であるといい得るものであるばかりでなく、これらに続く促音「ッ」を共通にしている関係で、該差異音が強音となりアクセントがかかり、両者を全体称呼に含めて一連に称呼するときは、その聴感・音調は互いに一層紛れるものとなり、判然と聴別し難いものといわざるを得ない。

したがって、本願商標と引用商標とは、その外観・観念について論ずるまでもなく、称呼において類似する商標であり、かつ、指定商品も同一のものと認められるから、結局、本願商標は商標法第4条第1項第11号に該当し、登録することができない。

3  審決の取消事由

本願商標及び引用商標の構成及び指定商品についての審決の認定は認めるが、審決の本願商標から生ずる称呼の認定及びその称呼と引用商標から生ずる称呼の類否の判断は争う。

審決は、本願商標から生ずる称呼の認定及びその称呼と引用商標から生ずる称呼の類否の判断を誤り、もって、本願商標と引用商標とは類似すると誤って判断したもので違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  審決が、本願商標からは「ザボックス」の他、「ボックス」の称呼も生ずると判断したことは誤りである。

本願商標は、欧文字の「THE」及び「BOX」を、「THE」を上段に位置させるとともに「BOX」を下段に位置させ、かつ、下段の「BOX」を、大文字で、しかも比較的大きく表す一方、上段の「THE」を大文字であるが下段の「BOX」よりは小さく表し、下段の「BOX」の中の「O」上に位置させ、全体に陰影を使用して装飾書体で表されている。

したがって、本願商標は、取引者、需要者により、上段の「THE」と下段「BOX」とか順次一体に称呼され、全体として「ザボックス」と自然的に称呼されると認めるべきである。

審決は、小さく表されている「THE」が英語の定冠詞として以上の意味内容をもつものではないとするが、「THE」も自他商品識別標識としての機能があることは、次の特許庁の審査例からも明らかである。

すなわち、第17類「被服、布製身回品、寝具類」を指定商品とし欧文字のゴシック体で表した「THE」が昭和50年商標出願公告第27883号をもって出願公告(甲第5号証)がされているところに、指定商品を同じくし、欧文字をデザイン化しかつ影を施した「The」が昭和57年商標出願公告第1913号をもって出願公告(甲第6号証)がされている。

また、第20類「家具、その他本類に属する商品」を指定商品とする「The」が平成1年商標出願公告第70474号をもって(甲第7号証)、第21類「装身具、ボタン類、かばん類、袋物、宝玉およびその模造品、造花、化粧用具」を指定商品とする「THE」が昭和64年商標出願公告第11847号をもって(甲第8号証)、それぞれ出願公告がされている。

したがって、商標中の「THE」が当然に省略されてその商標が称呼されるものではなく、審決が、本願商標に接する取引者・需要者は、その構成中の「BOX」の欧文字のみに着目して、これにより生ずる「ボックス」の称呼をもって取引に当たる場合も決して少なくないものとみるのが相当であると判断したのは、誤りである。

このことは、第17類「被服、その他本類に属する商品」を指定商品とする「GOOD」なる商標が昭和60年商標出願公告第7875号をもって出願公告(甲第9号証)がされているとこうに、第17類「被服、布製身回品、寝具類」を指定商品とする「THE GOOD」なる商標が昭和62年商標出願公告第82813号をもって出願公告(甲第10号証)がされていること、第17類「被服、布製身回品、寝具類」を指定商品とし、欧文字の「FOX」を横書きし、かつ、中央の「O」から動物の狐らしきものの尾を突出して表された標章で、それから「フォクス」の称呼を生ずる商標が昭和59年商標出願公告第9953号をもって出願公告(甲第11号証)がされているところに、第17類「被服、その他本類に属する商品」を指定商品とする「THEFOX」なる商標が昭和61年商標出願公告第13653号をもって出願公告(甲第12号証)がされていることからも明らかである。

(2)  また、審決は、本願商標から生ずるとする「ボックス」の称呼と引用商標から生ずる「ヴォツクス」の称呼とが類似すると判断するが、この判断も誤りである。

今日程度に英語の知識が普及している我が国の事情を勘案すれば、本願商標の「ボッ」は破裂音としての有声音の濁音となり、引用商標の「ヴォッ」は唇歯の強い摩擦音「ヴォ」に促音の「ッ」が続くように発音されるもので、「ボッ」と「ヴォッ」とは発音形態を全く異にし、全体的称呼において、本願商標の「ボックス」と引用商標の「ヴォックス」とは、称呼上互いに相紛れるおそれがなく、極めて顕著な差異を有するものである。

なお、本願商標、引用商標と同じく欧文字3文字からなる商標で、第17類「被服、その他本類に属する商品」を指定商品とし、欧文字の「DIP」からなり、「ディップ」の称呼を生ずる商標が昭和60年商標出願公告第33200号をもって出願公告(甲第15号証)がされているところ、第17類「被服、布製身回品、寝具類」を指定商品とし、欧文字の「ZIP」からなり、「ジップ」の称呼を生ずる商標が平成1年商標出願公告第32851号をもって出願公告(甲第16号証)がされているが、このことからも、「ボックス」と「ヴォックス」とは称呼において類似しないものといえる。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1及び2は認める。

2  同3は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

(1)  本願商標は、「THE」及び「BOX」の欧文字を装飾書体で陰影だけで表したものであるが、「BOX」の欧文字は、「THE」の欧文字の2倍程度の大きさで、重厚な印象を与えるように表現してなるのに対し、「THE」の欧文字は「BOX」の欧文字の上に小さく配置してなる構成であるから、外観上それぞれの文字部分に分離して看取し得るところである。

しかも、「THE」の欧文字は、英語の定冠詞を表したものと理解されるにすぎないものであるから、取引者、需要者は、その構成中の「BOX」の欧文字に着目して、これより生ずる「ボックス」の称呼をもって取引に当たることも決して少なくないものであり、本願商標は、「ザボックス」と称呼される場合があるとしても、単に「ボックス」と称呼される場合もあるものといわなければならない。

原告は、「THE」にも自他商品識別標識としての機能がある旨主張し、その根拠として、出願公告された他の商標の例を持ち出すが、それらは全て本件と事案を異にするものであり、本願商標からは「ボックス」の称呼をも生ずるとする審決の判断を誤りとする根拠にはなり得ないものである。

(2)  本願商標からは「ボックス」の称呼が生じ、引用商標からは「ヴォックス」の称呼が生ずるところ、我が国本来の言葉においては子音「v」を称呼として用いる例がないこともあって、両商標の語頭音である「ボ(bo)」の音と「ヴォ(vo)」の音とはほとんど区別せずに発音され、聴取されているのが実情であり、ほとんど同一音といえるほど近似した音であるばかりではなく、これに続く促音「ッ」を共通にしている関係で、両者の聴感、音調は一層紛れるものとなり、判然と聴別し難いものである。

この点についても原告は、出願公告された他の商標の例を持ち出して、審決の判断を論難するが、それらは本件と事案を異にするものであり、審決の判断を誤りとする根拠にはなり得ないものである。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

第1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

また、本願商標及び引用商標の構成及び指定商品が審決認定のとおりであることは、当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の審決の取消事由について判断する。

1  まず、原告は、審決が本願商標から「ザボックス」の他「ボックス」の称呼も生ずると認定したことの誤りをいう。

しかし、英語の定冠詞である「the」はそれに続く名詞に限定を加える働きをするものであるところ、本願商標の上段の「THE」の欧文字もそのような定冠詞として使用されているものと認められるのみならず、上段の「THE」の欧文字は、その全体が下段の「BOX」の「O」より僅かに幅が広い程度の大きさにすぎないものである。

したがって、本願商標においては、意味上、形態上の双方の観点から下段の「BOX」の欧文字が強調されており、取引者、需要者の注意を強く引くものであることからすると、本願商標は、「ザボックス」と全体的に称呼される場合があるとしても、「THE」の欧文字の部分を省略して「ボックス」と称呼される場合も少なからずあるものと認められる。

なお、原告は、「THE」も自他商品識別標識としての機能を有し、称呼上省略されるものでないとして、「THE」が商標として出願公告された例や、指定商品を同一とし、「THE」の有無のみが相違する二つの商標が出願公告された例を挙げる。しかし、成立に争いのない甲第5号証ないし第8号証に示されている欧文字「THE」(一部が小文字のものがある。)よりなる商標において、「THE」は定冠詞として使用されているものではなく、本願商標の「THE」とはその機能を異にしているものである等、原告が挙げる商標は、全て本件とは商標の構成を異にするものであるのみならず、これらは、特許庁の審査例にすぎないものであって、本願商標と引用商標の類否についての当裁判所の判断に何ら係わるものではないものである。

以上のとおり、審決が本願商標から「ザボックス」の他「ボックス」の称呼も生ずると認定したことに誤りはない。

2  次に、原告は、本願商標の称呼である「ボックス」と引用商標の称呼である「ヴォックス」とは類似するとした審決の判断の誤りをいう。

しかし、我が国において、いかに英語教育が発達したとはいえ、日本語自身に「v」の子音の言葉がないこともあり、英会話など特に発音の正確を期すべき場合ではない(本件指定商品の取引を含む)通常の会話においては、称呼する方も「v」と「b」とを区別できるよう明確に発音することもなく、また、聴く方もそれを明確に区別して聴取することもないのが一般である。

そして、本件の場合、本願商標の「BOX」は「箱」を意味する語として我が国に定着しているのに対し、「声」を意味する引用商標の「VOX」は馴染みのない語であることから、取引に当たって、称呼する方が「VOX」を「ヴォックス」と正確に発音しても、聴く方としては馴染みのある「BOX」と聴取してしまうという事態が起きることな、容易に予想することができるものである。

原告は、これについても審査例を持ち出して審決の判断が誤りであることの根拠としようとするが、それが本件の場合と事案を異にするものであり、また、当裁判所の判断と係わるものでないこと前述のとおりである。

したがって、本願商標の称呼である「ボックス」と引用商標の称呼である「ヴォックス」とは類似するとした審決の判断に誤りはない。

第3  よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 佐藤修市)

別紙

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例